彼女の元カレがラブホテルから男と出てくるところに遭遇した冒険
むかしむかし「よくも俺のもんに手を出してくれたな」と殴りかかってきた、私の彼女の元カレは、今も変わらずこの街に住んでいる。なので、偶然に出会ってしまったとしてもそこまで驚くようなことではないだろう。
ただ、奴が男と腕をからませて古びたラブホテルから出てくるときに遭遇したとなれば、話は少し変わってくるんじゃなかろうか。
ホテルの出口で鉢合わせてしまった他人同士がよくやるように、なるべく自然に目をそらして通り過ぎようとしたのだが、ついつい二度見してしまったのがいけなかった。「なによ、恋愛に性別なんて関係ないでしょ」とにらみかえしてきた奴と目が合ってしまう。
なんというべき再会。
お互いとも時間の経過を感じさせない俊敏な動きで戦闘態勢へ入り、手身近な武器を探しはじめる。
私の右手にはドンキホーテの黄色い袋。
奴の右手には……
ゴリマッチョのおじさん。
うん。圧倒的に不利な情勢といっても過言ではないね。
「てめえ、こんなところでなにしてやがんだよ」と、奴が叫ぶ。
「それはこっちのセリフじゃ」と、痛すぎるくらいの正論を私が叫ぶ。
ただ、全会一致で採択されたはずの正論だとしても、ゴリマッチョのおじさんが足を一歩踏み出したことにより、戦況は一変してしまう。
これはマズイ。あんなのに捕まったらただでは済まされんぞ。相手におしりの門を向けないまま静かに後退しようとした瞬間、
「喧嘩はやめてぇーん!」
で時間が止まった。
ゴリマッチョのおじさんが奴の胸へ内股で飛び込む。
なるほど。ということは奴が凸で、ゴリマッチョのおじさんが……などと考えている場合ではないし、考えたくもない。
奴はゴリマッチョのおじさんのセイシ(静止)をのまず、「よくも俺のもんに手を出してくれたな」と、昔とまったく同じ言葉を懲りずに叫んだ。
すかさず、ゴリマッチョのおじさんが「お願いだから、やめてぇーん!」と奴を強く抱きしめる。
私の目の前の風景が急速にモノクロ化する。
その白と黒の背景の上を通行人たちが足早に通り過ぎていく。見てはいけないものを見てしまったといったように。
いや、ちょっと待ってくれ。これじゃ、まるで、
私がゴリマッチョのおじさんに手を出してしまったみたいじゃないか。
「女、おまえと別れたあとの。そう、女だ! そして、別れたあとだろうが。手を出したって言い方はおかしいだろ」
遠ざかる通行人たちの背中へ届け!と念じつつ、「女」という単語を不自然な倒置法で強調して反撃する。
奴の顔色が変わる。
ゴリマッチョのおじさんの顔色がもっと変わる。
私のおしりの門が渾身の力で閉じられる。
「おう、この男に女がいたっていうんけ?」
け?
さっきまで周囲に漂わせていた微かな女っぽさをもタンパク質として吸収し、全身の筋肉と血管を浮き上がらせるゴリマッチョが私をじっと見据えて聞く。
私は恐怖のあまり、死に際のクリリンのようにうなずぐごどじがでぎない。
「いつのことや?」とゴリマッチョ第二形態。
「ゴ、ゴ、」
「ゴ?」
「ゴ、ゴリ、」
「ゴリ?」
「いえ、ゴ、ゴネンマエです」
「ゴネンマエだと!?」
「え、あの、ゴ、ゴネンマセン、いや、はい、5年前くらいです!」
そう声を振りしぼった瞬間、ゴリマッチョ神は今や隣で小さくなっていた奴を米俵のように担ぎあげ、先ほどまでご休息されていた神殿のなかへと再び消え去っておいかれになった
……とさ
……め、めでたしめでたし。
その後、奴がどうなったのかは知らないし、なるべく考えないようにしているのだが、とりあえず、あのとき以来、この街で見かけたことはない。
ゴリマッチョ神のほうは、近所のサイゼリヤでたまに見かける。
もしかすると有用性の低い情報かもしれないが、いつも「真イカのパプリカソース」で白ワインを呑み、顔を真っ赤に膨張させておられる。
ちなみに、これまた有用性の低い情報かもしれないが、私があのとき右手に持っていたドンキホーテの袋の中身は「極太バイブレータ」であり、
もしゴリマッチョ神にその武器が見つかっていたらと思うと、背筋が聞いたことのないようなモータ音を立てて震えてくれる。