田辺ひゃくいちの冒険

踏みつけたくなるウンコを求めて。

ド変態にアカウントを乗っ取られたせいで婚約破棄を覚悟した冒険

わたしの婚約者は今年で25歳になる。

日本人と中国人のハーフで、彼女の家族や親戚は今も中国で暮らしている。


そこには、婚約者と歳の離れた小学五年生の妹もいる。

日本国籍なのだが日本語はまったく話せない。わたしも中国語が流暢ではないのだが、それでもなぜか仲は良く、会うたびに身振り手振りで遊んできた。今では「哥哥(おにいちゃん)」と、親しみを込めて呼んでくれる。


そんな妹の態度がある日から冷たくなった。

ついに思春期か。もうそんな歳になったんだな。


と感慨に浸っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


さて、いったん話は変わるが「QQ」というものをご存知だろうか。

QQは中国で圧倒的な人気を誇っているコミュニケーションサービスで、婚約者の故郷を訪れた際にも、婚約者の家族や親戚たちから「QQのID教えて」と、当たり前のように聞かれたほどだ。

郷に入れば郷に従え。

早速、わたしもアカウントを作り、婚約者の家族や親戚たちとつながってみることにした。

普段は無口で誰とも交流しようとせず、QQをやっていることすら家族や親戚のあいだで知られていなかった婚約者の叔父さんから友達申請が届き、中国語で「いつでも連絡してな」とかわいらしい絵文字付きのメッセージが届いたときにはびっくりしたものだ。


ただ、どちらかというと、びっくりさせたのは、わたしのほうだったようである。


婚約者が真っ青な顔で「最近、QQって使ってる?」と聞いてきたことで事態は発覚する。

実は、婚約者の故郷を訪れたときにアカウントを作成して以来、まったく使っていなかった。

婚約者は「やっぱり」といったように顔をしかめてiPhoneを見つめる。「どうかしたのか」と画面をのぞくと、そこにはわたしが以前に作成したQQのプロフィール画面があるだけだった。


ただ、一つだけ以前とは大きく異なるところがある。

プロフィール画像だ。


たしか、「無駄なあがき」とは知りつつも、イメージ戦略のために可憐な白い花の写真を使用したはずだった。それが今では可憐のかけらもなく、グロテスクな黒い花びらを丸出しにする女性の下半身画像に変わっている。ご丁寧にも「Oh!」という吹き出し付きで。


謎はすべて解けた。

思春期などではなかったのだ。


どうやらアカウントが乗っ取られたらしい。

「中国ではよくあることだから」と、「よくあること」のわりには随分と引きつった顔で笑う婚約者の目をプロポーズをも凌ぐ最高級のまっすぐさで見つめ、「至急、中国の全家族と全親戚へ、アカウントが乗っ取られていることを通知してほしい」と懇願した。

ただでさえ、言葉の壁のせいで緊密なコミュニケーションがとれないわけで、ちょっとした誤解で信頼関係は取り返しがつかないほどに壊れてしまいかねない。「婚約破棄」の四文字が目の前に浮かぶ。


ただ、婚約者がわたしの命令を実行しようとする寸前。とある事実に気づく。

乗っ取られたアカウントが中国共産党を挑発するかのように日々投稿するお下劣画像に対して、例の無口な叔父さんが「赞(いいね!)」を押しまくっているじゃありませんか。


わたしは婚約者に作戦中止を急いで告げる。

一体、あの叔父さんは、どういう意図で「赞(いいね!)」を押しつづけたのだろうか。もしかしたら、全血縁者から孤立しかねない日本人のわたしの投稿を「まったく冗談が過ぎるやつだな(笑)」と、なんとか一種のジョークに変えるために孤軍奮闘してくれていたのではないだろうか。

そんな耶律休哥もびっくりの激しき戦闘の様子を想像しただけで、涙腺はゆるんでしまう。

それなのに「実はド変態にアカウントが乗っ取られてたみたいです(笑)」と伝えたらどうなる。わたしはたしかに助かるかもしれないが、そのド変態に「いいね!」と共感を表現しつづけた無口な叔父さんの立場はどうなる!


無口で誰とも交流しようとしない「ド変態な」叔父さん

になってしまうじゃないか!


でも、わたしは婚約者の妹とまた仲良く遊びたいんだ。

でも、心優しき叔父さんを無下に傷つけたくもないんだ。


わたしは悩みに悩んだ結果、以下の結論に至ったのである……




叔父さん、ゴメンよ!