田辺ひゃくいちの冒険

踏みつけたくなるウンコを求めて。

職歴の汚しかた(5)C級Vシネマのワンシーン撮りに参加する

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オフィスに戻ると、フィリピン加藤が「おまえたち、なに勝手に休憩とってんだよ」と怒鳴った。どうやら、自由に昼休みがとれる会社ではなかったらしい。

蛭子さんは「休憩じゃなく教育をしろっていったんだろうが」などと言われるたびに、「すみません」と謝るのだが、その顔が "教育『とか』よろしくって言ってたくせに" といったように若干微笑んでいるものだから、フィリピン加藤はますます苛立っていく。赤井さんはというと気にすることなく自席に戻り、平然と作業をはじめている。社内の力関係がよく分からない。

にやにやと頭を下げつづけていた蛭子さんであったが、フィリピン加藤が「あ、先崎さん、おはようございます!」と腰をあげた瞬間に、表情が変わった。

金髪でオールバック。背は低く、少し大きめの黒い上下のスーツ。その脇で膨らんだポケットに両手を突っ込んでいる。ネクタイはせずに胸元ははだけ、香港出身の哀川翔といった風体だ。どうやら只者ではないらしい。というのも、あの赤井さんまでもが立ち上がり、「おはようございます」と頭を下げたのである。

香港哀川はわたしには目もくれず、「持ってきた?」と隣の蛭子さんに聞いた。蛭子さんは「すみません」と短く答え、下を向く。もう微笑みはない。哀川は目をそらす蛭子さんの目線をじっと追いかけつづけ、最後には蛭子さんの顔を両手で強くはさんで前を向かせ、「新人くんに免じて明日まで待ってやるよ」とつぶやいた。

なんだか不思議なもので、C級Vシネマのワンシーンのような光景を前にすると、周りも役柄に入り込んでしまうというか、カメラを意識した行動をとってしまうらしい。フィリピン加藤が「まあまあ、今日はこのへんで」と、なんとも台詞っぽい言葉とジェスチャーで止めに入り、蛭子さんは「プヒュー」っと大げさに息を吐きながら出てもない額の汗を手で拭い、香港哀川はニヒルな感じでにやけながら決してわたしのほうは見ないままにわたしの肩をポンポンと叩いた。

せっかくなら、わたしも演技に参加したいと思い立ち、 "香港哀川さんに肩を叩かれるだなんて光栄です" 的なアクションにチャレンジしたのだが、「へへえ!」と時代設定を思いっきり履き違えた声を出してしまい、その瞬間、脚本上ではわたしの顔を見ないことになっていたはずの香港哀川はわたしの顔を二度見してしまうし、さっきまで悲壮感を見事に醸し出していた蛭子さんもフィリピン加藤も真顔のままではあるがどこかで笑いをこらえているのが分かるしで、「あ、これは撮り直しかな」とも覚悟したのだが、香港哀川がもう一度、わたしの肩をポンポンと叩きなおして演技を続行してくれたおかげで、そのまま晴れてクランクアップとなったのである。

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