田辺ひゃくいちの冒険

踏みつけたくなるウンコを求めて。

職歴の汚しかた(7)人生には3秒ルールなんて存在しない

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その直後、都庁かどこかから、制作した広告の違法性に関してヒアリングの電話が入ったとのことでオフィスは騒然となり、フィリピン加藤から「今日は早退しろ」との命令が下った。いや、まだ正式に入社していないので、早退もなにもないのだが。

自席に戻ると香港哀川がやってきて、「いつものことじゃないか。心配するな」と言った。いや、まだ正式に入社していないので、いつものことかどうかも知らないのだが。

頭の中で「まだ正式に入社していない」という呪文を繰り返して防御態勢に入りはじめたわたしに気づいたのか、香港哀川は「まあ、疲れたよな。早く帰りな。もし最初の給料が出るまで生活が大変なんだったら遠慮なく言ってな。特別な金利で貸してくれるとこ知ってるからさ」と優しい声で言った。その瞬間、蛭子さんの手がビクッと止まる。なるほど。そういうことだったのか。

「お世話になりました」とオフィスの出口に立って挨拶すると、蛭子さんと赤井さんがわたしをじっと見つめた。そして、香港哀川も「永遠の別れみたいなセリフだな。明日も待ってるからな」とわたしを見据えた。

結局「明日持ってこい」と手渡された入社誓約書にわたしがサインすることはなかった。香港哀川の言う通り、永遠の別れになってしまったのである。


「やめないでね」と言った蛭子さんの顔が浮かぶ。翌日、蛭子さんは「新人くんに免じて」を行使できず、特別な金利で借りた金のせいで香港哀川にボコボコにされてしまったのだろうか。貸したままの計5,000円を詫び代に許してほしい。

赤井さんの叫んだ「3秒ルール」という言葉が耳に残っていた。わたしはいわば「3秒ルール」のように逃げ去ったのかもしれない。危なかった。まだ取り返しがつく、と。つまり、「運が悪かったな」と責任をどこかへ転嫁しようとしたのである。自分の本質がそうだからこそ、そういう選択肢が目の前に現れたのだという事実からは目を背けて。

残念ながら、どんなに環境のせいにして環境を変えつづけても、自分の本質というものは変わってくれない。むしろ、環境を変えつづけることで、変わらない自分の本質はますます際立ってくる。つまり、結局は同じような選択肢が再び目の前に現れるのである。そして、実際にそうなった。

ただ、「人生に3秒ルールなんて存在しない」ということに気づけたのは結構あとになってからのこと。結果、自分自身ではなく環境のほうを安易に変えることで人生を動かそうとし、職歴を汚しつづけることになったわけである。

(一つ目の仕事の話はこれでおしまい。長かった……そして、つづく)