日本を捨てて中国で働くゲンサイ(現地採用者)の冒険(1)
そろそろ許されるころだと思うので、日本を捨てて中国での一発大逆転を夢見たときの乳臭い話でも、定期的に書いていこうと思う。
さて、日本を捨てて中国へ渡ることにしたのは今から数年前。運よく死なずに三十路を迎えたときのことだった。異国の地で一発大逆転人生のスタートを切るためだ。
これまた運よく、検索エンジン上の有害画像をひたすら駆除するという創造性豊かな仕事にもありつけた。同じく中国に飛び出してきた同世代の日本人だらけの会社だった。
この会社の入社後1年以内の離職率は、歴代のどの日本国内閣総理大臣の支持率よりも高い。
特に「原因不明の病気」という退職理由が大流行していた。中国で最後の大勝負をするぞ。当初抱いた「原因不明の情熱」に対する言い訳としては、適切なのかもしれない。情熱なんて病気に過ぎない。この会社にいれば、誰もがそういう気にもなってくる。
そんな愚痴はさておき。その週も例にもれず、まだ顔と名前が一致しない社員が消え、新人さんがやってきた。
早速、OJT担当者としてその新人の女性社員を自席へ呼び、きわどい水着姿の少女の画像をパソコンのモニタいっぱいに拡大する。ちょうど胸のささやかな膨らみあたりを。そして、告げる。「乳首、ハミ出てますね」。
断っておくが、セクハラではない。
れっきとした仕事である。
その証拠に、彼女は動じるどころか、画像をさらにアップにして答える。『この茶色のやつ。乳首じゃないですよ』。
「どうして乳首じゃないって分かるの」
新人に反論された苛立ちを見せないように、にこやかに聞き返す。
『どうして乳首だって分かるんですか』
彼女は平然と切り返す。
「どうしてもなにも、この部分において見切れる可能性を有する物象は乳首だけだから」
『見切れる可能性を有する物象……』
確かに。いやらしさを避けるがために、妙な言い方をしてしまった。
「ほとんどの人は、これをハミ出た乳首だと思うってことです」
『ほとんどの人は、こんな風に画像を拡大してまでハミ出た乳首をチェックしないと思いますよ』
確かに。いや、いちいち納得している場合ではない。
「でもね、この子の口から出てる吹き出しに、こう書いてあるので……どっちにしろ有害画像です」
画像の大きさを元に戻し、本来ならば持ち出したくなかった生々しき武器を使う。
『この、Gスポットを突いて!、でしょうか』
わざわざ、声に出さなくても。
「はい。そうです」
『このコメントの何がダメなんですか』
「え。その。G……スポットがですよ」
『何でダメなんですか』
「何でも何も……」
答えに困り、すっかり落ち着きを失ってしまう。
彼女はその動揺をしばらくじっと見つめていたが、ついにうんざりしたのか強い口調で半ば叫んだ。『もう、はっきりしてください! Gスポットってなんなんですか!』。
さっきまでこの会話とは無関係に動いていたフロア中の人たちの呼吸が止まり、そのすべての視線がこちらに向けられる音が聞こえた。
しつこいのは承知の上で、最後にもう一度だけ言わせてほしい。
これはセクハラではない。
立派な仕事なのだ。
そして、モモと初めて言葉を交わした瞬間でもある。